コミュニケーションの本質を、生物の進化の過程から読み解く1冊。生物の中で、なぜ人間だけが言葉を獲得するに至ったのか。人間以外の動物には、感情はあるのか。人間とその他の動物の違いを生物学の視点から紹介しています。
■言葉は「音」からできた
人間を含む動物は、聴覚、視覚、嗅覚、触覚という感覚機能を使ってコミュニケーションする。人間以外の動物では、比較的、一つの感覚に特化したコミュニケーションが多く見られる。森に住んでいる動物や虫は、音によるコミュニケーションが多い。
人間が環境を認知する時に使われる五感の割合は、視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%などといわれる。また、話し手が聞き手に与える影響として、話の内容などの言語情報が7%、口調などの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%だといわれる。
一般的に視覚が最も重要だと思われているが、人間が最初に言葉をつくったのは、文字や手話ではなく、声からだった。つまり聴覚、音によって言葉ができたのである。聴覚はもともと危険の検出のために生まれた感覚だといわれている。目は閉じてしまえば見えないが、耳は閉じる事はできない。耳は夜も使える。だから生存に直結する信号は、耳から入ってくる。生物は音を警戒信号として使ってきたので、視覚信号が選択的なのに対し、音には常に注意がいきがちだという特徴がある。
■コミュニケーションとは種の保存のためにある
進化生物学という学問の中では、コミュニケーションとは「送り手から受け手へ信号の伝達がなされ、受け手の反応によって、長期的には送り手が利益を得るような相互作用」と定義されている。
生物のコミュニケーションは、適応度を上げる方向にできていると考えられる。自分と血縁を持つ個体の適応度も含めて考えて、包括適応度を上げる。例えば、小鳥が鷹に狙われた時、警戒の鳴き声を出したとする。すると、その小鳥自身は鷹の注意を引きつけて危険な状況に陥るが、家族や親戚たちは、この鳥のおかげで逃げおおせて、繁殖ができるようになる。
人間社会にだけ通じるきれいごとをいえば、コミュニケーションとは相互理解を促進するための相互作業だが、現実にはヒトを含めた動物は、個体の利益(自己の遺伝子の拡散)を最優先する。動物は人間も含めて、結果的に自分の利益になるような行動をとる。逆にコミュニケーションが他者のためであると考えると、コミュニケーションする個体は、他の個体にいいように利用されて滅びてしまう。
「自己のためにコミュニケーションする」というのは、自分のことしか考えていないという意味ではない。結果的にその効果は自分への利益として返ってくる、そのような行動を示すように社会的な動物は進化してきた。
■人間と動物では死の認識が異なる
人間と異なり、動物は自分の実在が消滅する事への恐怖を感じていない。人間は言葉があるから、死んだ先の事を考えられる。我々と動物の大きな違いは、言葉を使って、自分の将来を考えられる事にある。自分が存在しない将来まで考えるという能力は、数学の能力にも関係する。人間は、Nに1を足したものを、次のNとして扱える、つまりN+1を新しい単位とする事ができる。これを再帰的な演算能力というが、これができると、今日の次の明日が、新しい今日になるとわかる。その結果、明日がどこまでも続く事がわかり、その明日には「自分が存在しない明日」もある事がわかる。こうして死が発見される。
我々と動物たちとでは、死の認識が異なっていて、それはおそらく言葉で媒介されている。動物は言葉を持っているという人もいるが、動物が使っている「言葉のようなもの」と人間の言葉は本質的に違う。
著者 岡ノ谷 一夫
1959年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授 科学技術振興機構岡ノ谷情動情報プロジェクト研究総括。 理化学研究所脳科学総合研究センター情動情報連携チームリーダー。 千葉大学文学部助教授、理化学研究所チームリーダー等を経て現職。 専門は生物心理学、動物行動学、言語起源論。
日経ビジネス |
週刊 東洋経済 2013年 2/16号 [雑誌] |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
---|---|---|---|
はじめに | p.7 | 2分 | |
1章 鳥も、「媚び」をうる? | p.11 | 41分 | |
2章 はじまりは、「歌」だった | p.79 | 45分 | |
3章 隠したいのに、伝わってしまうのはなぜ? | p.153 | 40分 | |
4章 つながるために、思考するために | p.219 | 41分 | |
おわりに | p.286 | 2分 |
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