アダム・スミスの書いた『道徳感情論』をわかりやすく解説している本。人が幸福になるためにはどうすれば良いのか、18世紀も変わらない人間の本性について書かれた一冊。


■スミス先生の教え
アダム・スミスは、友情、善行、富の追求、幸福の希求といったものを丹念に観察して『道徳感情論』を書き上げ、よき人生とは何か、どうすればよき人生を送る事ができるのかを説いている。『道徳感情論』は当時としては大成功を収めたが、今日ではこの本はほとんど忘れられている。アダム・スミスの評判を高めたのは、もっぱら二冊目の著作『国富論』だ。

アダム・スミスは元祖・資本主義の一人であって、国が富み栄える理由を論じた最も有名で優れた本を書いた学者であるにもかかわらず、『道徳感情論』では誰よりも熱心に、幸福になろうとして富を追求する事の空しさを雄弁に語っている。アダム・スミスは、人間が過度の物欲に囚われがちである事だけでなく、自己欺瞞に陥りやすいこと、得てして善意からよからぬ結果を招きがちであること、名声や権力に眩惑されやすいこと、理性が十分に強くないことを理解していた。

『道徳感情論』を読むと、善や徳だとか人生の意味だとか人間の振る舞いといったものが18世紀からほとんど変わっていない事に気づく。

アダム・スミスは『道徳感情論』全体を通じて、富や名声は幸福にはつながらないのだと強く主張している。では幸福を導くものは何かと言えば、愛されること、愛すべき人間であることだ。

富、名声、権力の追求はどれも同じ衝動から来ている。それは、愛されたい、重んじられたい、認められたいという強い欲求である。これが人を富の追求へと向わせる。これはつまり自尊心がくすぐられるからであって、富や名声や権力が実際にもたらすものとは関係がない。

スミス先生によれば、金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、欲張りにも両方になりたいといった野心は毒である。この毒を飲んではいけない。

幸福になるためのスミス先生の処方箋は単純明快である。満足を得るためには、愛されること、愛されるに値する人間になる事だ。尊敬されるこt、尊敬に値する人間になること、称賛されること、称賛に値する人間になることも望ましい。要するに、他人にとって価値のある人間になることである。但し、他人があなたのイメージは、本物でなければならない。つまり誠実なやり方で他人の愛や尊敬や称賛を勝ち得なければならない。

愛されるには、あるいは尊敬され称賛されるには、2つの方法がある。1つは富と名声を手に入れること。もう1つは知恵と徳を身に付ける事だ。第二の道を選びなさいと、スミス先生は忠告する。

スミス先生は、愛され称賛されるには徳を備えるのが結局は早道だという。スミス先生にとっての三大徳は「思慮」「正義」「善行」だった。この3つを備えていれば愛されるに値する人間になれるし、それによって周りの人の尊敬と称賛を勝ち得る事ができる。つまり徳を備えていれば愛される。

先生の考える思慮、正義、善行とは、次のようなものだ。思慮は、自分の事に注意を払い、身を慎むというほどの意味である。正義は他人を傷つけない事であり、善行は他人を助ける事だ。よき人生を送る上で、この3つの組み合わせは悪くない。

「人間の本性の弱点が許す限りにおいて最も完璧な賢明高徳の士という理想」に近づくのは、凡人にとってはあまりにハードルが高い。しかし、スミス先生は、この理想に向って進む事が愛される人間になる正しい道であり、愛すべき人間、愛されるに値する人間になる最善の道であると説いている。

著者 ラス・ロバーツ

スタンフォード大学フーバー研究所リサーチフェロー ロチェスター、UCLA、ワシントン大学などで教鞭をとった後、現職。週1回更新のポッドキャストEcon Talkを主宰している。